教育論全般

君たちの歩く通学路

■  勉強は楽しいですか?

突然ですが、皆さんは勉強が好きですか? 受験勉強、楽しいですか?

他の友だちは学校が終わると遊びに行くのに、夏休みの間もプールに行ったり、思う存分テレビを観たりゲームをしたりしているのに、どうして僕は塾に行かなければならないんだろう? どうして私は、観たいテレビも我慢して、勉強しなければならないんだろう?なぜこんなに辛い思いをして中学受験なんかしなければならないんだろう?

そう思ったことはありませんか?

■ 世界の果ての通学路

以前、映画館で観た1本の映画を紹介しましょう。

映画の題名は『世界の果ての通学路 On the way to school』。2013年に公開された、70分ほどの短いドキュメンタリー映画。

登場するのは11~13歳、つまりちょうど君たちと同じくらいの年齢の4人の子どもたち。その4人の子どもたちが、家を出て学校に着くまでのようすを撮影した作品です。

ケニアのジャクソン少年は、毎日野生動物の住むサバンナを2時間かけて学校に向かいます。途中には象の群れがいて、毎年何人もの子どもが象に襲われ、命を落とします。そんな危険な草原を、7歳の妹を連れて通学するのです。

アルゼンチンのカルロス少年は、アンデス山脈の僻地で羊飼いの手伝いをしています。彼は6歳の妹を連れ、片道18kmの道のりを馬で駆けて学校に通います。

モロッコの少女ザヒラさんは、毎週月曜の朝4時に家を出て、3000m級の山道を、4時間かけて寄宿制の学校まで歩いて通い、金曜の夕方にはまた22kmの山道を歩いて家まで帰ってきます。

インドのサミュエル少年の通学路はたったの(?)4kmですが、通学には毎日1時間半かかります。足が不自由なため、彼の乗ったオンボロの車椅子を幼い2人の弟が一生懸命に押して、通っているからです。

■  学校には、何があるのだろう?

なぜ、そんなにまでして彼らは学校に通うのでしょうか。

それは「夢をかなえたい」から。学校で学ぶことが、貧しい村に生まれ育った子どもたちにとって、パイロットになりたい、学校の先生になりたい、自分のように身体の不自由な子どもをなおす医者になりたい、そんな夢をかなえるための唯一の手段だからなのです。

でも、それだけではありません。

彼らは毎日、水を汲んだり、羊の世話をしたり、洗濯をしたり、大人と同じように、生きるために働いています。友だちと遊んだり、テレビを観たりする暇はありません。でも学校に行けば、大勢の仲間がいる。いっしょ勉強したり、運動したり、おしゃべりをしたりすることができる。

映画のなかで一番感動したのは、ようやく象のいるサバンナを抜けて学校が見えてきたときのジャクソンくんの笑顔。険しい通学路の途中で、同じ学校に向かう友だちに出会ったときの、カルロスくんやザヒラさんの笑顔。そして校門をくぐるやいなや、同級生たちがサミュエルくんの車椅子を弟たちから奪い取るようにして、みんなで担いで教室に連れて行く光景でした。

でもそれは決して「世界の果て」だけの出来事ではありません。日本でもつい数十年前までは、学校に行けばふだんの生活の苦労を忘れて、学びと遊びに専念することができる、学校に行けばちゃんと給食を食べることができる・・つまり学校こそが、子どもが子どもらしく過ごすことを保証してくれる場所だったのです。

■  君たちの歩く道のり

それに比べて君たちは、学校まで歩いて通える。ちょっと遠くてもバスや電車がある。塾の帰りが遅くなれば車で迎えに来てもらえる。お弁当も作ってもらえる。テレビだってマンガだってゲームだってスマホだってある。世界の果てで懸命に学校への道を歩む彼らに比べて、どれだけ君たちは恵まれた環境にいるのでしょうか。

でも私は、ケニアやモロッコの子どもたちが「立派」で、君たちが過保護でダメな子どもたちだなどというつもりはありません。

君たちは自分の意思で塾に通い、中学受験をしようとしています。受験なんかしなくても、中学にも高校にも通えるのに。わざわざ電車に乗って遠くの塾まで通わなくても、家の近くにいくらでも塾はあるのに。それなのに君たちは毎日暑いなかを塾に通い、受験勉強を続けています。それはなぜですか?

塾に行けば、いろんなことが学べるから。

大好きな先生がいるから。

励まし合える友だちがいるから。

そして、自分の目標である第1志望校に合格したいから。

生まれ育った環境は異なっていても、学校や塾に通い続ける子どもたちの笑顔にかわりはありません。その笑顔の裏には、遊びたい気持ち、怠けたい気持ち、どれだけ頑張っても成績が伸びないという悩み、どうせ無理だよと諦めそうになる弱い心があるかもしれません。でも、そうした弱い心と戦いながら、君たちは勉強を続けているのです。

どんなに勉強が辛くても、どんなに疲れていても、君たちは笑顔で「こんにちは~」と元気に通ってきてくれる。その笑顔が、私にはケニアやアルゼンチンやモロッコやインドの子どもたちの笑顔と重なってみえるのです。

ここから受験までの道のりは、ひょっとしたら象のたむろするサバンナや3000mの山々よりも険しい道のりかもしれません。でもその長い道のりを諦めずに歩き通したときに、きっとそこには君たちの新しい居場所があり、君たちの未来があるはずです。

■  君たちを支えてくれる人たち

もうひとつ。世界の果ての子どもたちと君たちに共通していることがあります。

彼らの家はみな貧しく、学校に通えない子どももたくさんいる村のなかで、それぞれに日々の生活に苦労しながら、彼らを学校に送り出してくれる両親がいます。

「子どもたちが象に襲われず、無事に学校に着きますように」と祈り、「勉強して賢くなって、自分の人生を切り開くんだよ」と応援してくれる家族がいます。

君たちのご両親は、 毎晩「勉強しなさい」と小言をいい、クラスが下がると「何やってるの」と叱ることもあるでしょう。でも君たちがこれまで塾に通うことができたのも、自分の志望校に向かって、自分の夢に向かって歩き続けることができるのも、それを応援してくれる家族がいるからです。

だから、辛いことがあっても、絶対に自分の目標に向かって歩き続けましょう。いや、辛いことがあるからこそ、辿り着いたときに得られるものが大きいのです。

でも本当に勉強を投げ出したくなるようなことがあったら、この映画を観てほしいと思います(掲載後に地上波で放映されました)。きっとたくさんの勇気をもらえるはずですよ。(2014年9月 ヨミウリ・オンライン掲載)

 

ABOUT ME
kurotama
元進学塾教師。今年の1月末に健康上の理由で円満退職し、いまは原稿執筆など、在宅でできる仕事をボチボチと始めています。